大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)796号 判決

上告人

加藤三技

右訴訟代理人

五十嵐与吉

被上告人

株式会社三和銀行

右訴訟代理人

大林清春

藤井正博

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人五十嵐与吉の上告理由について。

本件について、原審の認定した事実によれば、訴外加藤れん子、同渋谷芳五郎の両名は、被上告銀行祐天寺支店に対し各金五〇万円宛合計金一〇〇万円の預金をしていたが、右銀行は同人らの依頼に基づき同人らに対し右一〇〇万円の払戻に代えて昭和二五年一一月九日金額一〇〇万円振出人支払人とも右銀行支店として、すなわち自己宛にて持参人払式小切手を振出し交付し、同人らはこれを上告人に交付によつて譲渡したところ、上告人は右小切手を翌一〇日訴外川上輝雄らに盗取され、同人らの手中に存する間に右小切手の呈示をするものなく呈示期間を徒過し、そのため右小切手は手続の欠缼により権利が消滅したが、右川上らは右小切手を同月二四日訴外東洋貿易株式会社に対し商品代金の支払に代えて交付し、同会社は更に翌二五日奥浦為之助に対し商品代金の内入弁済のため交付した。一方前記加藤れん子および上告人らは同月一〇日小切手を盗まれるや直ちに被上告銀行祐天寺支店に対し、盗難にあつたから小切手の支払を停止せられたい旨届出ておいたところ、右奥浦は同月二八日右祐天寺支店において右小切手を呈示してその支払いを求めた。しかし前記の如く盗難届が出ていたので同支店係員の連絡によつて警察庁の捜査するところとなり、その小切手は一応警察署、検察庁に領置され、取調べの結果前記小切手移転の経路が明らかとなり、小切手持参人である奥浦は犯人ではなく、又情を知つて取得した者でもないことが判明し、右小切手は検察庁から右祐天寺支店を通じ右奥浦に返還された。そして同人は更に同年一二月一八日大阪銀行を通じ被告人銀行に支払のため呈示したところ、右呈示は期間経過後のものであつたけれども、銀行振出の自己宛小切手は、期間経過後に呈示があつても、一般に支払を拒絶することのない取引上の慣習があるので、被上告銀行は、これに従い右小切手金を支払つたことが明らかである。而して原審は、右事実に対し、この事実のもとでは、右奥浦は外観上正当な小切手上の権利者と認められ、被上告銀行も右小切手金支払については、前記認定のとおり公的捜査機関をとおし十分調査のうえ右奥浦を実質上小切手の権利者であり、正当な所持人と信じて支払をしたものであるから、右は小切手債権の準占有者に対する善意、無過失の弁済というべきであつて、被上告銀行は本件小切手金の有効な支払をしたものであり、従つて本件小切手が法定の呈示期間内に呈示されなかつたことにより、小切手上の権利が消滅したとしても、被上告銀行にはこれにより何らの利得を生じていないものと断ぜるを得ないとして、上告人の小切手法七二条に基づく本件利得償還請求を排斥したのである。

しかし債権の準占有者に対する弁済が有効とされるためには、弁済者が善意かつ無過失であることは、原判決も判示し又当裁判所の判例とするところである(昭和三三年(オ)第三八八号、同三七年八月二一日第三小法廷判決、民集第一六巻第九号一八〇九頁参照)。そして、本件小切手は、訴外川上輝雄らが正当所持人から窃取した小切手であり、同人らは呈示期間内に呈示を為さず、従つて失効小切手となりたるものをその後(勿論呈示期間経過後において)訴外東洋貿易株式会社に、同会社は更に訴外奥浦為之助にそれぞれ譲渡したものであり、従つてその最後の所持人たる前示奥浦は、期限後の失効小切手の譲受人にすぎないものであるから如何なる意味においても本件小切手としての権利者ということは出来ない(最高裁判所昭和三五年(オ)第一二九七号同三八年八月二三日第二小法廷判決、民集第一七巻第六号八五一頁)。そして振出人たる被上告銀行は、本件小切手所持人たる前示奥浦に支払をなすに当りては、既に検察庁の取調べがあり、前記奥浦は本件窃取小切手の期限後の裏書による譲受人であることを十二分に了知していたにも拘らずこれを支払つたというのであるから、その支払の無効であることは云うをまたない。けだし、これを債権の準占有者に対する支払であるとしても、被上告銀行が総ての事情を知つて支払つたものである以上その支払には少くとも過失あるものというべきであるからである。従つて本件小切手金の支払について被上告銀行が善意無過失であつて有効であるとの原判決の判断には、すでにこの点において理由齟齬又は理由不備の違法が存し、本件上告理由の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして右の如く被上告銀行の本件小切手金の弁済にして無効であるならば、右弁済はなかつたものとして本件小切手上の権利が手続の欠缼により消滅した場合、本件小切手の振出人たる被上告銀行に何らかの利得があれば、これを上告人に償還すべきであり、もしその利得がなけたば、結局上告人の本件請求は排斥を免れないこととなるから本件を東京高等裁判所に差し戻すのを相当とする。

なお、上告代理人五十嵐与吉から昭和三六年七月一五日附上告理由追加と題する書面、昭和三八年五月六日附上告理由記載補正書と題する書面、同月七日附上告理由記載補正書(一)と題する書面、同年八月一日附上告理由記載補正書(二)と題する書面、同年一二月一九日附上告理由記載補正書(三)と題する書面を各提出しているけれども、右各書面はいずれも期間経過後の提出にかかり不適法なものであるから、判断を加えない。

よつて民訴法四〇七条一項に則り、全裁判官の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 城戸芳彦 石田和外)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例